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2010.12.28, 12.30, 2011.1.4, 1.10 塔ノ岳

メンバー;E(記述も同)

塔ノ岳山行のきっかけを初めとして、2010年12月28日の山行を中心に、同30日、2011年1月4日、同10日の山行を順に記す。

5年前だったか6年前だったか、今となっては定かではない。以前、知人と二人で初冬の富士に取り付いたものの、
私のスローペースの為、時間切れの途中下山を余儀なくされたことがあった。
知人は毎週末の山行を何年も続けている健脚で、下山後、山行の安全の基本は体力と脚力にあること、そして体力と脚力を身に付けるには、1日の累積標高で約1500メートルの登りを経ないと訓練にならないことなどを、淡々と諭された。
累積標高1500メートルと体力・脚力の関係性は、未だ解らない。
しかし、足を引きずり息を切らしながら斜面を登る私の前を、何倍ものスピードでスタスタと進んでいた知人の言葉には説得力があった。
何より、登ることだけが目的ではなく、登ったと顕示したいことが山行動機の一つとして確かにあったことを、見透かされた気がした。
休日が不定期な身の上。終電の翌日でも電車で日帰りできる、登り累積標高約1500メートルの山はどこか。
翌年の春、立ち読みした山岳書籍で目にとまったのが、丹沢・塔ノ岳だった。

◎12月28日の山行
主な装備
冬山用登山靴、アイゼン(12本爪)、フリース上着、ヤッケ、飲料水0・75リットル、スリーシーズン用雨具の上下、ビバークセット(ツェルト、エマジェンシーシート、コンロ、ガス、非常食、羽毛の軽防寒着、下半身用防寒着、飲料水2リットル、ホイッスル)、ストック2本

・0940時、大倉バス停発。
状況、雲量1、風力1、温度計未携帯のため気温不明。

前日、機能的に装備の機能重複を自覚するも、ある程度の負荷は必要とパッキングする。
冬山用登山靴及び12本爪アイゼンもオーバースペックと思ったが、トレーニングのうちと考える。
舗装路から割石が敷かれた道を経て山路に入る。冬山用の登山靴が重く、歩きづらい。
サイズ選択に失敗したのか、5年以上履き続けているのに未だに踵が擦れる。
踵を事前にテーピングするか、薄手の靴下を履き厚みを調整すべきだったかと考える。
でも、八ヶ岳で凍傷をやった時、靴下は二重だったなぁ、
あれは夜のテントで濡らした靴下が乾ききっていなかったからか、
それとも靴下を二重にして血行が悪くなったからか、もしくはその両方だったのか、
などと意味もなく意識を巡らす。

見晴茶屋を過ぎ、最初の階段斜面を登る。
山に行けなかった半年間、ふて腐れて酒と煙草でズブズブの日々を過ごしたため、この時点で既に息が続かず、途中で何回か立ち止まる。
どうみても遙かに高齢の女性が、ゆっくりではあるが着実に登り、追い越していく。
後は下を見ながら、ひたすらヨレヨレと登る。花立山荘数百メートル手前、
石がごろつく斜面で、片足に重心を移しきる際に何度となくよろめく。
花立山荘から100メートル程度の箇所にある、見晴らしの良い小ピークの上の木道の手前で小休止し、携帯カメラで全周を撮った。
進行方向、日ノ出山荘の廃屋が見える。青空が高い。
左90度、雪を被った富士がある。そのうち行くから待っててくれ。
後180度、相模湾が光る。美しさを形容するのも烏滸がましい。
右90度、新大日と行者が座る。いつかお邪魔しますので宜しく。

花立山荘から上は着氷雪を予想していたが、木道を含め乾いた石と土が続くだけだった。
・1310時、尊仏山荘前着。
頂上の3本の柱の一つにある温度計はマイナス2度。
広場西端は鍋割沢からの吹き上げが強い。防風で着たヤッケがはためく。
久しぶりに見る山並みの凹凸に心が動いたが、疲れてテルモスの蓋を開けるのも億劫だ。
20分ほど滞在して下山を始める。
以前なら駆け下りるように降りることができたのだが、残した後足をキチンと引き上げて前に踏み出す動作が、
どうも中途半端。うーん、なぜだろう。

・1540時、大倉バス停着。
「何とか登って降りられました」という彷徨状態だった。
保険用に持参したストックを出す必要がなかったのが、救いと言えば救いか。

◎2009年12月30日の山行
主な装備
スリーシーズン用登山靴、軽アイゼン(6本爪)、フリース上着、ヤッケ、飲料水0・75リットル、スリーシーズン用雨具の上下、ビバークセット(同)、ストック2本

・0840時・大倉バス停発。
状況、雲量1、風力2、温度計未携帯のため気温不明。

今回は登山靴をスリーシーズン用にすると共に、アイゼンを軽アイゼンに替え、ビバークセットの軽防寒着を装備からはずした。
歩きやすい。冬靴の歩行訓練にはならないなと思いつつ、内心ほっとする。
荷も心なしか、かなり軽い気がする。
12本爪アイゼンの重量は、どれ位なのだろう。機会があったら計ってみよう。
行き当たりばったりのペースだった28日を参考に、立ち止まらずに同じペースで上まで行くことを心がけ、抑え気味に進む。地面に置いた足は、28日より「決まる」感じがする。
途中、駒止茶屋付近と花立山荘前で小休止、黙々と登る。

・1130時、尊仏山荘前着。
頂上の3本の柱の一つにある温度計は0度
28日ほど強くないが、鍋割沢からの吹き上げは相変わらずだ。20分ぐらいしてから下山を始める。

・1350時、大倉バス停着。
28日より、下りがかなり楽だった。

◎2010年1月4日の山行
主な装備
スリーシーズン用登山靴、アイゼン(6本爪)、フリース上着、ヤッケ、飲料水0・75リットル、スリーシーズン用雨具の上下、ビバークセット(同)、ストック2本

・0940時、大倉バス停発。
状況、雲量1、風力2、温度計未携帯のため気温不明。

昨年末の30日の登りと比べると、随分と楽だ。やはり靴の選択か。
山全体が相変わらず乾燥、岩も土もパサパサだ。駒止茶屋付近の斜面の霜柱も元気がない。
一雨降った方が山には良いのだろうけど、凍ると滑るしなぁ、などと考えながら登る。

・1220時、尊仏山荘前着。
頂上の3本の柱の一つにある温度計はマイナス1度

気持ちに余裕があったので、
前々から気になっていた日ノ出山荘の廃屋内部を覗いてみる。
座っていた先客2名と目があった。あ、ども、などと挨拶したが無言。

中は、むき出しの地面の上に背もたれのない木製の細長椅子が所狭しと置いてある。
天井高約1・8メートル。地面にゴミはない。誰かが定期的に清掃していると思われた。
入口に戸は無いものの、雨露を充分凌げる最高の宿泊場所となりそうだが、
果たして緊急時ではない時でも、そうして良いものか。
先客に聞こうと思ったが、仏頂面のままなのでやめた。
20分ぐらい経ったか。戸から出た足で木道に移り、降り始める。

・1430時、大倉バス停着。
ビールを飲みながらスボンをみると、両足の脹ら脛部分がかなり汚れていた。
頂上で見たときは、少しの汚れだったのだが。無意識に足の踵で擦っていたらしい。
12本爪アイゼンを付けていたら転倒していたかもしれない。
下りの際、12本爪アイゼンの内側の爪で、裾にひっかけたりアイゼンバンドを踏んだりしての転倒を、何度がしたことがある。
幸い比較的緩斜面での出来事だったから、今があるのだが。
ガニマタのため、大股で降りを歩くと脹ら脛を足で擦ってしまうのだ。
冬山ではアイゼンを履いていない時でも習慣づけるために、両足運びの空間が常に拳一つあるように意識しているが、集中し通せなかったようだ。次回の課題だ。

◎2010年1月10日の山行
主な装備
スリーシーズン用登山靴、フリース上着、ヤッケ、アイゼン(6本爪)、飲料水0・75リットル、スリーシーズン用雨具の上下、ビバークセット(同)

・1210時、大倉バス停発。
状況、雲量2、風力1、温度計未携帯のため気温不明。

前回装備から、腰を痛めた時の保険用として持参していたストックをはずす。
スタートが遅く、前回と同じペースでも戻りは日没手前となる。
ヘッドランプの電池残量チェック、予備電池の持参確認を改めて行う。

登りが辛いのは相変わらずだが、周囲の景色を楽しめる余裕が出てきた。
片足に重心を移した際に体がぐらつくことも、ほとんど無くなった。
集中。とにかく集中する。

花立山荘を過ぎると残雪が目に付き始めた。日陰や吹きだまりに数センチ程度。
28日に写真を撮った木道がある小ピークから先の稜線箇所は所々、圧雪状態だった。
軽アイゼンを出そうか迷うが、滑らずに歩けるか試すためアイゼン無しで進む。
一度、コルの下りで滑って尻餅をつきそうになり、近くの岩に手が伸びた。

・1445時、尊仏山荘前着。
頂上の3本の柱の一つにある温度計はマイナス1度。
広場はうっすらと雪。光が反射して少し眩しい。今度はサングラスを携帯しよう。
ヘッドランプは使いたくないので、5分ぐらいののち降り始める

下り。28日とは比較にならない程安定したが、後ろ足の抜きに力がないのが不満だ。
時々つま先が地面を擦る。膝が上がっていないためだ。まだまだ筋力不足と自覚する。

・1635時、大倉バス停着。
ふくらはぎの泥筋は4日同様、相変わらず。下りの集中力が続かない。

よく考えてみれば夏を含め、これまでの塔ノ岳山行で、
16時前までに下山できないスケジュールは組むことがなかった。
体力回復に焦り、ちょっと危ういなと反省した。

花立山荘上小ピーク木道、進行方向 同、右90度

 

同、後180度 同、左90度